ポッドキャストって、ここ数年で一気に広がった気がします。
やる人も増えたし、聴く人も増えた。
でも個人的には、
「流行ってきた」というより、
ようやく居場所が定まってきた感じがしています。
映像ほど構えなくていい。
文章ほど集中しなくていい。
ただ、流れていて、
必要なところだけ耳に残る。
この中途半端さが、
今の生活には、ちょうどいい。
ポッドキャストの強さって、
情報量でも、速さでもないと思っています。
一番の強みは、距離感です。
近すぎない。
でも、遠くもない。
顔も見えないし、
リアクションがすぐ返ってくるわけでもない。
それなのに、
声だけは、やけに近いところにある。
この感覚は、
SNSでも、動画でも、
なかなか代わりがきかない。
ポッドキャストは、
発信する側が少し弱いままでいられるメディアです。
言葉に詰まってもいいし、
話がまとまらなくてもいい。
その場で考えて、
その場で言い直して、
それも含めて残っていく。
この「未完成さ」を許してくれる感じが、
これから先、もっと価値になっていく気がしています。
これからポッドキャストは、
たぶん、もっと派手になります。
企業も入るし、
有名な人の番組も増えるし、
音質も編集も、どんどん良くなる。
それはそれで、いいと思います。
ただ、その中で、
個人が続けるポッドキャストの意味は、
別のところに残る気がしています。
再生数を競わない。
伸びてるかどうかを気にしすぎない。
毎週、ちゃんと続いている。
それだけで、
聴く側にとっては
「戻ってきていい場所」になる。
ポッドキャストは、
大きくなるメディアというより、
深くなっていくメディアなんじゃないかと、
最近は思っています。
広く届かなくてもいい。
全員に刺さらなくてもいい。
でも、必要な人には、
ちゃんと残る。
声で残る言葉って、
思っているより、しつこいです。
静かに、長く、
生活の中に残り続ける。
だからこそ、
無理をしないこと。
背伸びしすぎないこと。
自分たちのペースを崩さないこと。
それが、
これからポッドキャストを続けていく上で、
いちばん大事なことなんじゃないかなと、
茶人時は思っています。
記述:茶人時