世田谷ポッドキャスト

ポッドキャストの可能性について、茶人時が今あらためて思うこと 〜これからと今後の話〜

Haseda

1986年生まれ。 フリーランスの人。 カメラと音楽をこよなく愛する都内在住者。 現在「動画編集」メインの左利き。 プライベート作品はSNSで公開中。 愛機はSONYとFenderのテレキャスター。

ポッドキャストって、ここ数年で一気に広がった気がします。
やる人も増えたし、聴く人も増えた。
でも個人的には、
「流行ってきた」というより、
ようやく居場所が定まってきた感じがしています。

映像ほど構えなくていい。
文章ほど集中しなくていい。
ただ、流れていて、
必要なところだけ耳に残る。

この中途半端さが、
今の生活には、ちょうどいい。

ポッドキャストの強さって、
情報量でも、速さでもないと思っています。
一番の強みは、距離感です。

近すぎない。
でも、遠くもない。

顔も見えないし、
リアクションがすぐ返ってくるわけでもない。
それなのに、
声だけは、やけに近いところにある。

この感覚は、
SNSでも、動画でも、
なかなか代わりがきかない。

ポッドキャストは、
発信する側が少し弱いままでいられるメディアです。

言葉に詰まってもいいし、
話がまとまらなくてもいい。
その場で考えて、
その場で言い直して、
それも含めて残っていく。

この「未完成さ」を許してくれる感じが、
これから先、もっと価値になっていく気がしています。

これからポッドキャストは、
たぶん、もっと派手になります。
企業も入るし、
有名な人の番組も増えるし、
音質も編集も、どんどん良くなる。

それはそれで、いいと思います。

ただ、その中で、
個人が続けるポッドキャストの意味は、
別のところに残る気がしています。

再生数を競わない。
伸びてるかどうかを気にしすぎない。
毎週、ちゃんと続いている。

それだけで、
聴く側にとっては
「戻ってきていい場所」になる。

ポッドキャストは、
大きくなるメディアというより、
深くなっていくメディアなんじゃないかと、
最近は思っています。

広く届かなくてもいい。
全員に刺さらなくてもいい。
でも、必要な人には、
ちゃんと残る。

声で残る言葉って、
思っているより、しつこいです。
静かに、長く、
生活の中に残り続ける。

だからこそ、
無理をしないこと。
背伸びしすぎないこと。
自分たちのペースを崩さないこと。

それが、
これからポッドキャストを続けていく上で、
いちばん大事なことなんじゃないかなと、
茶人時は思っています。

記述:茶人時

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Haseda

1986年生まれ。 フリーランスの人。 カメラと音楽をこよなく愛する都内在住者。 現在「動画編集」メインの左利き。 プライベート作品はSNSで公開中。 愛機はSONYとFenderのテレキャスター。

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